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筑波大学大学院 システム情報工学研究科 構造エネルギー工学専攻:機械・土木・建築・航空・宇宙・原子力・電気・環境・エネルギー:修士課程・博士課程・追加募集
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日刊工業新聞に金久保利之准教授の記事が掲載される

進むコンクリート技術 高性能繊維補強セメント材料を例に

日刊工業新聞(2009年2月12日付)の「業界展望台」に金久保利之准教授による特集記事「進むコンクリート技術ー高性能繊維補強セメント材料を例に」が掲載されました。

日刊工業新聞オンライン記事
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業界展望台
建設産業特集
進むコンクリート技術
  高性能繊維補強セメント材料を例に
2月12日(金曜日)付 日刊工業新聞 16面〜21面 広告特集から
筑波大学 システム情報工学研究科
構造エネルギー工学専攻 准教授 金久保 利之
 日本に生コン工場が開設されて半世紀以上が過ぎ、コンクリートの製造者と使用者の分業化が進んできた。責任所在の明確化を推し進めた結果、コンクリート構造の材料的観点、構造的観点のシームレス化が阻害されてきている。ここでは、新しいセメント材料やその利用法を開発していく上での両者の関連性が重要である高性能繊維補強セメント複合材料を取り上げ、引張(ひっぱり)に対して大きい変形性能を有するといった材料特性や、高い耐震性能が期待される部材への適用実験の結果を紹介する。
製造者と使用者の分業 技術意識の一貫性ではマイナス
●コンクリートの歴史
 日本国内では、最大で年間2億立方メートル以上のコンクリートが製造され(90年)、現在でも1億2000万立方メートル程度の生コンクリートが出荷されている。建設界以外の分野を含めてもこれほど大量に使用される材料はなく、重量ベースで言えば、世の中を形作る主要な材料であるといってよい。現在、コンクリートといえば、工業製品であるポルトランドセメントに水、細骨材(砂)、粗骨材(砂利)、混和材料を混練りして作製されるセメントコンクリートのことを指す。しかし、コンクリートの語源はラテン語の「一緒に育つ」の意であり、コンクリート本来の意味は「固めたもの」であるから、広義の意味のコンクリートとしてとらえれば、エジプトで石膏(せっこう)と泥を混ぜて使用した目地材や、天然の水硬性鉱物(火山灰や石灰石)をマトリックスとして使った古代ローマのドームや橋があるとされている。
 現在、建築構造物のコンクリートといえば、いわゆる生コン工場で製造されるレディーミクストコンクリートの使用が大多数であるが、日本で最初に生コン工場が開設されたのは1949年である。その後、1950―1960年代にかけてコンクリート建物が急速に普及し、日本各地に生コン工場が設置された。
 レディーミクストコンクリートの日本工業規格(JIS)は1953年に制定された。建築基準法では、建築物の主要構造部にはJISに適合する指定建築材料を使用しなければならないと定められているので、原則として、JIS表示認定工場で製造されるレディーミクストコンクリートを用いることとなる。
 このコンクリート製造および使用の流れは半世紀にわたって大きく変化することはなく、コンクリートの製造者と使用者(建物の設計者、施工者)の、施工現場での引き渡し時までの分業化を推し進めることになった。これは、責任の所在の明確化という観点からは好ましいものと考えられるが、逆に、構造物にどのような材料がどのような割合で使用され、それがどのような過程を経てどのように使用されていくかという、一貫した技術意識レベルという意味からは、レベルの低下につながっていると思われる。
避けられない「ひび割れ」 制御は重要課題の一つ
●コンクリートに引張強度はない
 1886年にドイツで、鉄筋コンクリート部材の断面算定に関する論文が発表されている。この中では、(1)材料の応力とひずみの直線関係(弾性)(2)断面内ひずみの直線分布(平面保持の仮定)(3)コンクリートの引張強さの無視―が提案されている。この三つの仮定は、現在でも許容応力度計算においてはそのまま適用されており、100年以上変わっていない。コンクリートの引張強度は圧縮強度の10分の1程度しかないので、断面内の引張力は鉄筋に負担させるという鉄筋コンクリート造の基本概念は理にかなっている。
 また、コンクリートの混練り時に投入された練り混ぜ水のうち、水硬性物質との水和反応に使われなかった水は毛細管間隙(かんげき)となってコンクリート中に残るため、コンクリートの乾燥の過程で収縮が発生する。収縮による体積変化が境界によって拘束されて引張応力が生じ、それが硬化中のコンクリートの引張強度より大きくなれば、ひび割れが発生する。すなわち、コンクリートには通常ひび割れが発生しているものであり、コンクリートに引張応力の負担を期待してはいけないのである。
 しかし、コンクリートのひび割れは美観上好ましくないし、ひび割れから雨水が浸入するなどしてコンクリートの中性化が進行し、内部の鉄筋を腐食させる。鉄筋の腐食が過度に進むと構造耐力の低下につながりかねないので、ひび割れの制御は、コンクリート構造にとって近年の重要な課題の一つである。
コンクリートの弱点カバー- 鋼製や竹まで多様な試み
●短繊維による補強
引張強度が圧縮強度と比較して小さいコンクリートを、あらかじめ引張補強しようという考えは、1970年代ごろから見られ、研究開発や実際の構造物に対する適用が報告されている。鉄筋などの連続した補強材に対して、これらの補強材は長さが10ミリ―30ミリメートル程度で、短繊維と呼ばれる。コンクリートの混練りの際に一緒に投入されることが多い。70年代には鋼繊維補強コンクリート(SFRC)の研究開発が多く見られる。鋼繊維を体積比で1―2%程度コンクリート中に混入すると、コンクリートの引張強度が数割上昇する。土木の分野では道路舗装やトンネルのライニングなどで使用されたが、建築構造物での適用はあまり見られなかった。
 古来、日本の伝統木造住宅でも、土壁に藁(わら)を練り混ぜて短繊維による補強をしようという考えがあった。これは引張強度の増加というよりは、むしろ、剥落(はくらく)防止のためと思われる。
 また、セメント床版に竹繊維を混入しようとする開発も90年ごろから見られる。竹は生育期間が短く計画生産が容易であることや、また、竹林では不要物として廃棄される量も多いことから、資源の有効利用という観点でも興味深い。しかし、竹はアクが強く、また竹の繊維成分のみを取り出すことに手間がかかることから、一般的な使用には至っていない。
細かなひび割れを多数分散 短繊維が応力増大させる
●高性能繊維補強セメント複合材料とは
写真1 粗骨材も引張性能から見ると断面欠損となる
 前述のSFRCでは、通常のコンクリートに短繊維が混入される。しかし、コンクリートの破壊は、通常のレベルの強度であれば、粗骨材とマトリックスの界面の剥離破壊から引き起こされる。引張破壊したコンクリートの断面を見ると、粗骨材は損傷を受けずにそのままの形で残っている(写真1)。すなわち、圧縮性能や耐収縮性能では重要な役割を果たす粗骨材も、引張性能から見ると断面欠損となるのである。
 近年の短繊維で補強したセメント系材料に関する研究開発では、高性能繊維補強セメント複合材料(HPFRCC)とか、ひずみ硬化型セメント複合材料(SHCC)といった呼び名が用いられる。これらの材料の多くでは粗骨材を混入しない。したがって、厳密にはコンクリートではないので、セメント複合材料と呼んでいる。
 また、短繊維には、力学的に高性能な、ポリビニルアルコール(PVA)繊維やポリエチレン(PE)繊維といった高分子有機繊維が用いられる。特にPVA繊維は分子構造にアルコール基を有しており、コンクリートの水和分と化学的結合が期待できるので、注目され研究開発が進んでいる。
写真2 高性能繊維補強セメント複合材料では、
ひび割れ幅0.1mm程のマルチプルクラックが発生する
 HPFRCCやSHCCの最大の特長は、ひび割れが発生しても、その解放応力をすべて短繊維が負担し、応力が低下しない点にある。さらにはひび割れが発生した後も応力が増大し、次のひび割れを発生させる。このひび割れ発生のメカニズムが次々と起こり、引張応力場で細かい多数のひび割れが生じていく(写真2)。このひび割れを「マルチプルクラック」と呼んでおり、ひび割れ飽和状態でのひび割れ間隔は数ミリメートル、ひび割れ幅は0.1ミリメートル程度である。このときの引張応力―引張ひずみ関係は、図1に示すように、あたかも鋼材が降伏した後応力が増大するように、ひずみ硬化性状を示す。従来のコンクリートがひび割れ発生後、多少軟化域を示すとしても、急激に応力が低下しひび割れ幅が一気に拡大することと比較して、数十倍の引張変形能を有するセメント複合材料である。
図1 高性能繊維補強セメント複合材料の引張応力―引張ひずみ関係
材料と構造のシームレス化で新たな利用法の提案を
●材料から構造へ・構造から材料へ
 高性能繊維補強セメント複合材料の建築構造物への適用が進められている。この材料は通常のコンクリートと比較して高価な繊維を使用するし、セメントリッチで種々の混和剤も使用するため、1立方メートルの単価は通常のコンクリートの10倍程度になる。したがって建物全体をこの材料で置き換えることは非現実的で、例えば、地震時に高い耐震性能が必要となる部材に使用することが考えられる。
写真3 通常のコンクリート。数は少ないがひび割れの幅が大きい
写真4 高性能繊維補強セメント複合材料。
マルチプルクラックが多数発生しているが、実際はほとんどわからない程度。
写真で見えるのはマーキング(色づけ)だ
〈写真3、4とも奥村組提供〉
 写真3および写真4は、高層の鉄筋コンクリート造集合住宅の境界梁(はり)(耐震壁同士を連結する梁)に使用することを目的として行われた部材実験の結果の例である。写真3は通常のコンクリートを、写真4は高性能繊維補強セメント複合材料を用いた梁部材である。内部の鉄筋の配筋や加力条件は両者でまったく同一である。数十年に一度程度の遭遇が考えられる大地震時の変形に相当する、部材角100分の1の時のひび割れ状態を示している。実験の時にはひび割れの発生個所の確認を容易にするため、ひび割れ個所をペンでなぞってマーキングを行うが、二つの梁部材におけるひび割れの発生状況には大きな違いがある。部材角が同じであれば全体変形も同じであるので、ひび割れ発生本数の差がおおむねひび割れ1本あたりのひび割れ幅の違いとなって現れる。もし実験時にひび割れのマーキングを行わなければ、高性能繊維補強セメント複合材料のひび割れはほとんど分からないであろう。
 マルチプルクラックの発生には、繊維の架橋性能といわれる、ひび割れ間での引張応力の伝達機構が重要な役割を果たす。繊維が破断してしまっては架橋性能がなくなってしまうので、引張の変形性能を期待するためには、マトリックスからの繊維の“適度な”抜け出しが必要である。ほんのわずかに抜け出した後、繊維とマトリックスの付着力が増大する必要がある。
 材料の開発には、その材料をどのように利用していくかという適用に関する視点が必要であるし、また逆に、構造部材として利用するためには、材料的知識、メカニズムへの理解も必要であると思う。高性能繊維補強セメント複合材料に関しても、この材料を使用した構造物のライフサイクルを明確にし、力学性能や耐久性の向上をクリアにできる設計形態を整備するとともに、材料と構造のシームレス化による新しい利用法の提案が期待される。

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