月面表層土粒子の高精細X線CT画像の取得とその利用


by 松島亘志 (Takashi MATSUSHIMA)

筑波大学
システム情報工学研究科
構造エネルギー工学専攻

 I.研究の背景と目的

2004 年1 月に発表された米国「新宇宙戦略」を機に、月面開発に関わる地盤工学が脚光を浴びてきている。2005 年9 月のNASA の発表では、「2018 年に4人の飛行士の飛行士を月に送り込み、1週間ほど滞在させる」という計画となっている。また将来的には有人基地を建設し、建設材料や必要なエネルギーは現地調達(ISRU: In-Situ Resource Utilization)し、そこを中継基地として火星や更に遠くの天体を目指す、としている。 (参考:NASA宇宙探査ビジョンのページ)
これに合わせて、現在米国では、3ヶ月に1回の割合で月面開発に関する国際・国内会議が開かれ、具体的な月面基地開発のための工学研究が急ピッチで進められている。
月面土壌研究に関しては、1960〜70 年代のアポロ計画において、月面の地盤調査および400kg 強の持ち帰りサンプルをもとに活発な研究が行われた (これらの結果はLunar Sourcebook などにまとめられている)が、その後は余り注目されてこなかった。ところが前述の発表を機に、より詳細な月地盤情報の予測が急務となった。具体的な検討課題としては、(1)着陸時の表層地盤挙動、(2)ローバー(月面探査車)走行性、(3)酸素、水、更にはコンクリート等の建設材料の現地生産手法の確立、(4)月面基地建設時の地盤安定性、(5)レゴリス粉塵の人体や機器への影響、などが挙げられている。これらはいずれも、月面表層土の力学的性質と深く関わっている。これを研究する新学問領域が「月面地盤工学」である。米国ではNASA と ASCE(アメリカ土木学会)が共同して、この分野の研究を強力に推進している。
一方、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)でも、2007 年に打ち上げられ、現在も運用中である月周回衛星(SELENE:かぐや)において、これまでにない詳細なリモートセンシング月面表層情報を蓄積している。これらの最新情報は、惑星科学への多大な貢献が見込まれている。また、その後の計画として、月面への着陸探査計画も検討されており、今後の「月面地盤工学」の発展が期待されている。

このような背景から、本研究室では、アポロ計画において月面から回収された実際の表層土(レゴリス)サンプルを用い、その粒子物性を、最新のマイクロX線CT技術によって再評価し、さらに粒状体微視力学理論と、そこから発展させた数値解析手法を用いて、月面地盤の力学特性を予測する研究を行っている。さらにその知見を、月周回衛星「かぐや」などから得られる最新のデータと融合させ、惑星科学における月研究と、月面地盤工学を相乗的に発展させることを目指している。



 II.アポロ計画回収サンプルのSPring-8マイクロX線CT撮影

地球の表層土は、主に侵食・運搬・堆積作用によって形成されており、運搬時の分級作用によって比較的粒径の揃った粒子が一つの地層を形成する。一方、月面の表層土は、長い年月の間、大小さまざまな隕石が繰り返し衝突することによって形成されたと考えられており、その粒子は大きいものから小さいものまで、かなり均質に混ざり合っている。また、風化作用も非常に小さいため、隕石衝突時に破砕したままの、尖った外形状を持つものが多い。
一方、隕石の衝突による発熱のため、溶解して再固化したガラス成分も含まれる。完全に溶解したものは極めて球形に近いガラス玉となる。また、一部が溶解し、他の粒子とくっついて固化すると、極めていびつな粒子となる。このような粒子は「アグルーチネイト(agglutinate)」と呼ばれている(図1)。
一般に古い地層ほど多くの隕石衝突を受けているので、アグルーチネイト含有率は高い。多い場所では50%以上の含有率があると言われている。


図1 月の表層土の顕微鏡写真。いびつな粒子がアグルーチネイト


アポロ計画における粒子形状データは、主に目視によるところが多く、詳細な統計がない。そこで本研究室では、アポロ16号によって持ち帰られたデカルト高地からの月土壌サンプル(No. 60501)について、第3世代で世界最大の放射光施設であるSPring-8 におけるマイクロX線CTによる撮影を行い、3次元粒子形状データを取得した。
SPring-8のマイクロX線は、単波長であるために画像再構成の際の波長補正が必要なく、極めて高精細なCT画像が得られるのが特徴である。図2は、pixelサイズ= 0.5micronで取得した月面表層砂粒子の断面画像である。内部が均質な斜長石粒子、多くの鉱物片が集まって形成されたマイクロ角礫岩、内部に滑らかな気泡のような空洞を持つアグルーチネイト、といった粒子の特徴が取得できている。このような粒子物性情報は、それらの形成条件の推定にもつながると期待される。


図2 SPring-8マイクロX線CTによる月の表層土粒子の断面画像。(解像度はweb用に落としています)


図3は、月面表層砂の堆積構造を調べる目的で、やや粗い解像度で撮影したものである。一般に小さな粒子から大きな粒子までを幅広く含んだ土は良配合土(well-graded soil)と呼ばれる。良配合土は、大きな粒子のすき間に小さな粒子が入り込むため、貧配合土(poorly-graded soil)よりも密度が大きくなる。ただ、粒子形状がいびつであれば、よりゆるづめになるので、それらの兼ね合いと、堆積時の力学条件によって、現在の月面での堆積構造が決まる。
アポロ計画での計測結果では、表層30cmまではゆるづめ、それより下は密づめとなっているが、何故このような堆積状態になったのかの検討はなされていない。
いびつな粒子が密につまっていれば、その地盤の強度は非常に大きくなる。逆にスカスカの状態で堆積していれば、宇宙飛行士の足跡写真でも分かる通り、強度は弱く、大きな圧縮性を示す。
このような地盤の力学特性は、将来の月面基地開発の基礎情報として重要であるほか、我が国の次期月探査計画に盛り込まれる可能性がある「月面探査ローバー」の開発などにも非常に重要となる。


図3 月の表層土粒子の堆積状態の例(X線CT縦断面画像)。表層土の密度は、リモートセンシングにおける鉱物同定などにも影響を及ぼす。 (解像度はweb用に落としています)




 III.3次元粒子形状データの利用

上述のような粒子が様々な配合比で、また様々な堆積状態で月面地盤を形成している場合、実際の地盤強度を求めるには、やはり力学試験を行う必要がある。しかしながら、アポロ計画での回収サンプルは貴重であり、地球の材料のように簡単に力学試験を行うことはできない。
そこで本研究室では、上述のようにして得られた3次元粒子情報を基に、コンピュータ上でヴァーチャル月面砂を作成し、力学試験シミュレーションを行っている。
図4(a)は、いびつな粒子形状を複数の球要素をつないで最適に表現する独自のアルゴリズム(動的最適化法)を用いて、アグルーチネイト粒子を再現した例、図4(b)は、同様にして作成した多数の粒子を積み上げて(コンピュータ上で)試験体を作成し、載荷して変形させた(単純せん断試験)例である。密づめ、ゆるづめそれぞれの試験体で得られたせん断強度は、既往の実験結果と良い定量的一致を示した。
本手法を、かぐやなどで得られるリモートセンシング情報と組み合わせれば、月面の様々な場所(まだ人類の降り立っていない場所も含めて!)の地盤強度を予測することが可能となる。


図4 (a)粒子形状のモデル化例 (b)単純せん断試験シミュレーション





 IV.参考文献
Matsushima, T., Katagiri, J., Uesugi, K., Tsuchiyama, A., Nakano, T.: 3-D Shape Characterization and Image-based DEM simulation of Lunar soil simulant, FJS-1, Journal of Aerospace Engineering, ASCE, 22,1,15-23,2009.1.

Matsushima, T., Katagiri, J., Saiki, K., Tsuchiyama, A., Ohtake, M., Nakano, T.: 3D Particle Characteristics of Highland Lunar soil (No. 60501) obtained by Micro X-ray CT, Earth & Space 2008, ASCE, 8p, 2008.


(2009.01)


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