夫婦別姓というと,意外と多い誤解が,「別姓にしなければならない」と思っている人が結構多い(最近は大分減ってきたが),ということです.言うまでもなく,夫婦別姓(法案)というのは,「別姓にしたい人はしてもいいですよ」ということです.つまり,夫婦「同姓」にしたい人は今まで通りにそうできるわけです.もう,この時点で「夫婦別姓」に何の問題があるの?というのが私の意見です.逆に言えば,今の法律は,別姓にしたい人の自由を奪っているわけで,そっちの存在意義を逆に考える必要があります.
共通の姓を名乗ることで,家族の一体感が高まり,現代社会で危惧されている家庭崩壊を防げる,と本気で夫婦別姓に反対する国会議員の先生方が考えているとは,到底思えません.もし本気でそう考えているのなら,ホントにどうしようもないですよね.
その実状は,夫婦別姓がいわゆる政治力学に利用されている,ということがあるようです.よく引き合いに出されるのが,S.T.議員 vs M.F.議員です.S.T.議員は自民党の守旧派に取り入るために,夫婦別姓法案に反対している,という話はきいたことがあります.
しかし,世論調査で夫婦別姓支持者が不支持者を越えたとは言っても,まだまだ認知度が低いのが実状です.「夫婦別姓」という言い方がよくないのかもしれません.M.F.議員は「夫婦別姓はいかが?」と言っているようですが今一インパクトに欠けますねー.何かいい表現はないものでしょうか?夫婦別姓選択制という言葉もあるようですが,一瞬意味を考えてしまいます(^^;.
夫婦別姓自体は何も問題はないと私は思うのですが,問題があるとすれば,子供の姓をどちらにするか,ということでしょう.現状では,夫か妻のどちらかの姓を選択する,ということになりそうですが,それでは,最初に生まれた子供の姓をどっちにするか(その時点ではその後,何人子供ができるかはまだわからない),最終的に子供の数が奇数の場合に不公平?感が生じるのでは?などといろいろ問題が出てきそうです.
実は私は夫婦別姓どころか「姓」すらいらないんじゃないか,と思っています.まあそうすると,同姓同名(姓がないから同姓はいらないか(^^;)が増えて困るので,今までの姓の部分はそのまま残し,今までの姓の部分と名前の部分を合わせて1つの名前になるようにすればいいのでは,と思っています.つまり,境有紀と三浦京子の子供の名前が木村拓哉とか松嶋菜々子になったりすればいいわけです.子供の姓をどうするか,という問題もこれで解決です(^^).何々家を守りたいという人は,もちろんその姓をつければいいわけです.
私が夫婦別姓を望む理由は,大きく分けて2つあります.1つは,人間は「公平」でなければならない,と思っているからです.「公平」と似た言葉に「平等」という言葉がありますが,この言葉はあまり好きではありません.能力や本人の努力に拘わらず評価や対価が同じ,という共産主義的なイメージがあるからです.まあこれは言葉の定義というか,その言葉に持つ印象のようなものなので,人によって違うことだとは思いますが.つまり,生まれながらにして性,能力,体力や容姿が違うのは厳然たる事実なので,それ以外の社会的なルールによって公平にできるものはできるだけそうすべき,ということです.
現在の状況では,女性にとって自分が姓が変わる鬱陶しさもさることながら,男性と女性というだけで差別がある(=公平でない)という,いいようのない不公平感があると思います.こう言うと,夫婦同姓では夫と妻の姓のどちらを選んでもいいのだから,法的に何の不公平もない,という人が必ずいます.しかし現状は98%が夫の姓を選んでいます.法で規制されていないのにそうなってしまうという社会的状況が問題なのです.そこには間違いなく男女差別(男女という言葉の語順自体が既に差別ですよね)が存在します.
姓が変わるくらい何が鬱陶しいの?という男の人は単に人の痛みがわからない人でしょう.あなたは姓が変わってもいいか,と尋ねるとそういう人に限って,自分は嫌だと答えます.男性が嫌なものは女性も嫌なのです.だって同じ人間なのですから.
これは男性が単に既得権にしがみついているだけ,と見ることもできます.しかし既得権にしがみつくことが,しがみつく人間にとって必ずしもいいことばかりではない,と私は考えています.既得権を放棄することで新たに得られる権利が必ずあるのです.このことは,「女性解放の前に(女性解放のためにも)男性解放を」で詳しく述べたいと思います.
私が夫婦別姓を望むもう1つの理由は,純粋な私の希望です.私は,もう結婚して8年ほど経ちますが,そのとき妻(になった人)の名前を見たとき,この人誰?とすごい違和感をもってしまって,とてもがっかりしたのを憶えています.だって私が好きになって結婚したいと思った人とは,名前が違っていたからです.私が好きになった人はこんな名前の人じゃなかった!と単純にそう思ってしまいました.
妻は仕事の都合もあって旧姓(という表現もどうかと思うが)を名乗っているのですが(戸籍上は私の姓になっています),それは私が希望したこと,というか私がお願いしたことでもあるのです.
話は少し飛びますが,1996年のアトランタオリンピックの女子マラソンでエチオピアのロバという選手が優勝したのを憶えている人も多いと思います.その時,彼女の年齢が報道されるニュースによって違っていて,なんでた?ということになりました.
実は,エチオピアでは「歳を数えない」ということだったのです.歳なんか数えるからとるものであって,別に産まれてから何年経っているかなんていうのは,どうでもいいことなんですよね.日本では,例えばテレビで人の名前が出てくると,必ずと言っていいほどその横に括弧で年齢が付記されるのは非常に不自然な感じがします.また,「ロバ」という名前からわかるようにエチオピアには姓もないそうです(*).これをきいて「エチオピア」って何ていい国なんだ!と思ったのは,私だけでしょうか?
こういう例もあります.少年ジャンプに連載されていたドラゴンボールという鳥山明氏のコミックは有名ですが,これはある未来を想定した物語で,主人公の孫悟空とその息子の孫悟飯以外の登場人物のほとんどは姓が無くて名前だけになっています.このコミックのおもしろさだけではなく,鳥山明氏のそういうちょっとした主張のようなもの?に好感をもったのは言うまでもありません.
繰り返しになりますが,私は夫婦別姓を他人に強要するつもりは毛頭ありません.今まで通り夫婦「同姓」にしたい人はどうぞそうしてください.ただ,別姓にしたい人がそうできるようにさせて欲しい,と言っているだけです.
* 正確には,「自分の名前+父親の名前」が本名となるようです.ロバの本名は「ファトマ ロバ」であり,「ロバ」は父親の名前で彼女は「ファトマ」のようです(ちょっとがっかり).でも結婚しても名前が変わることはありません.それは,韓国もそうですね.
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