このコーナーのあちこちで,忙しすぎて自分の研究や書くべき論文が書けない(T_T)と愚痴をこぼしていますが,どーも自分でも奇異な感じがしてきました.本来的なプライオリティから行けば,本来やるべき自分の研究は何を差し置いてもやるべきことなのにそれ以外のことがなぜか優先されているような気がするからです(中には仕方なくそうなってしまってるケースの非常に多いですが).ということで,(私にとっての)何をやるかのプライオリティ(優先順位)について少し整理してみようと思います.
まず最優先すべきことは「生きていくこと」です.もちろん「生きるべきか死ぬべきか,それが問題」なわけですから,「死ぬ」という選択肢は常に存在するわけで,私もそういう選択を考えたことは今まで何度もありました.しかし,今はこれもあちこちで書いているように「自ら死ぬ」という選択は絶対にすべきではない,と思っています.これもいつかちゃんと書きたいと思っていますが,理由は,「折角」もらった命が「勿体ない」ですし,自分が生きているというよりは,「生かされている」,つまり,自分だけの命ではないですし,死ねば絶対にリカバリーができないなど様々です.
生きていくためには食べていかないといけないので,優先順位1位は仕事になります.私の場合は大学の教員ですので,研究,教育,様々な業務(雑用(^^;?)となります.このうち教育,様々な業務(雑用(^^;?)は時間や量が決まっていて絶対にさぼれません.私の仕事は工学で,目的は「地震災害を減らすこと」ですから,社会との繋がりもとても大事ですし,様々な業務(雑用(^^;?)の中には学外の委員会や講演なども含まれます(こういう仕事を一切しない人も中にはいますが).まあでも学外の仕事はいざとなったら断ることもできますが,一旦引き受けた以上は責任をもってやり通すことは最優先すべきことです.
ここで問題となるのが研究です.これは時間はおろか量(質?)すら明確に決まっていません.筑波大レベルの大学の教員にはさすがにいませんが,他大学では研究をほとんどしないで講義や最低限の業務のみしかやらない大学の教員もいるようです.でもいくら何でもそれではひどい話で,一応「給料泥棒」と言われない最低限の研究はすべきでしょう.私の場合はどうでしょうか?筑波大に来て2年半になりますが,その間に一応形になった研究を見るとまあ「給料泥棒」と言われることはないでしょう(もちろんそんなレベルを目指して研究しているわけでないのは言うまでもありません).ということで,優先順位1位の「生きていくための食べていくための仕事」は一応ちゃんとしていることになります.
しかしながら人間ただ生きて行くだけではつまらないですし,そんなんじゃ生きていても意味ないですから,「人生を楽しむ」ことが必要になります.私にとっては(というより哲学的には)「人生はつまらない」のがデフォルトなので,ただ生きて行くだけでは「つまらない人生」になってしまいます.もちろん楽しさは仕事にも見いだせますし,地震災害を減らすために少しでも社会に貢献したいと思って仕事を頑張れることも「楽しむ」ということに含まれますが,「私にとって」仕事だけの人生はつまらないので,仕事以外にいろんなことやっているわけです.「仕事以外にやっていること」の中の人生や世の中などいろんなことについて考えることに書いているように,家族や友人を含めていろんな人といっしょの時間を過ごすこともこれに含まれます.ですからこれらの「人生を楽しむ」ことが優先順位の2位になります.現段階では,ここまででいっぱいいっぱいになっているので,自分の研究ができない,書くべき論文が書けない(T_T)とぼやいているわけです.
そこで,この優先順位が3位になっている「自分の研究」「書くべき論文」というのをちゃんと考え直してみます.もちろん優先順位が1位の仕事という範疇での研究はしてますし,論文も書いているのは上で書いたとおりです.私がやっていることは工学なのでやった研究はどんな形でも,たとえそれが講演でも報告書でもホームページであっても全く公表していない,というものはほとんどありません.ではその差異はなんでしょうか?結局は,自分が研究したことを「ちゃんとした形」で論文,例えば,黄表紙のような審査付論文や海外のジャーナルに出す,ということなんですね.まあこれをやらないとどんなにいい研究をしていても「研究業績」としては,認められないわけですし,そういう意味では私が30代にした仕事はほとんどそういう「ちゃんとした形」にしていないので,正直苦い経験もしたわけです.ですからちゃんとした形にしておかなくては,という思い,というかトラウマ?のようなものがあるのかもしれません.
ですがやはり,そういう「業績を作る」みたいなことはやはり私の中では優先順位は3番目ということになります.もちろん優先順位1位の仕事の中で自然と業績ができてくれば理想ですが,なかなかきびしいのが実情です.実はこういう話は妻に相談したことがあって,妻は「どんな形でもちゃんと成果を発表してるのなら別に研究業績という形にしなくてもいいんじゃない?」と言ってくれました.先日,地震工学会大会で京都に行って,今京大にいる同期の宮田と話したときもこういう話題が出て,彼も「面白いのは実験したり解析したりして研究しているときで,論文を書くのは「作業」だからねー」と言っていました.まあ私は文章を書くのは好きですし,最終的にちゃんとした論文を書くのは,一種の「作品」ができるような快感があるので,そんなに嫌いではないのですが,如何せんプライオリティの1番2番まででいっぱいいっぱいでなかなか3番目まで手が回らないというのが実情です.
でもプライオリティが低いのですから仕方がありません(と開き直る(^^;).もし3番までしっかりやりたかったら,まずは,てきぱき仕事(1番)を片づけて,しっかり人生を楽しむ(2番)ことだと思います.それが充分満足の行くレベルまでできれば,自ずと3番まで手が回るようになる(はず(^^;)と思います.