地震災害とはどういう災害か?(修猷館同窓会誌「菁莪」原稿)
境 有紀

 よく憶えていないのですが,前日夜遅く(当日朝早く?)まで仕事をしていてまだ寝ていたかもしれません.日曜の朝でした.テレビを見ると地震があったらしく震度6弱と出ています.あー,また地震か.ほんと地震多いな.新潟県中越地震の整理もまだ終わってないのに.被害調査行かなくちゃ.どこだ?と思ってよく見ると見憶えのある福ビルが映っています.え?福岡?まさか!?

 建築関係の方はご存じだと思いますが,耐震規定に地域係数というのがあって,地震活動度が低いところは設計の際,必要な建物の強さを割り引いていいことになっています.福岡は沖縄を除いて日本で最も地域係数が低いところで0.8,つまり必要な建物強さは東京の2割引でいいのです.理論上は半分でいいという人もいて非常に地震の少ないところです.私も産まれて20年近く福岡で暮らしましたが,地震の記憶はありません.過去の被害地震データベースを調べてみましたが,19世紀にM(マグニチュード)6クラスの地震はありましたが,M7クラスの地震は記録がありません.つまり,今回の地震は読み書きができる人類が福岡あたりで生活するようになって最大のものということになり,まさか福岡にM7クラスの地震が来るとは誰も予想していなかったということです.逆に言えば,福岡にM7クラスの地震が来るのなら,もう日本国中どこでM7クラスの直下地震が起こってもおかしくないことになります.

 話が前後しました.私は地震防災を対象とした研究者というものをしています.職業で言うと筑波大学というところで教員をしています.筑波大の前は東大地震研というところにいました.最近は地震が多いせいかちょくちょくテレビや新聞に引っぱり出されるようになってしまって(あまりそういうのは好きじゃないのですが),でも「あー,こんな奴おったな,今こんなことしてんだ」と気づいてくださった方がいらっしゃったらそれはちょっと嬉しいことです(気づいてくださったから原稿依頼が来たのでしょう).

 一言で言うと「地震による構造物被害に伴う人命の損失を減らすための研究」をしています.地震被害が起きるたびに被害調査に出かけていて(現場第一主義なので),被害速報をホームページで公開したりしています.新潟県中越地震のときは1週間で2万アクセスありました.実際の被害と対応しない現在の震度の問題点を指摘し,被害と対応する震度算定法を提案したりしています.

 しかし,地震防災というものを研究対象にしていると地震災害がいかに厄介で対策しづらいものかを思い知らされます.なにが厄介かというと「大地震は滅多に来ない」ということです.滅多に来ないから対策も進まない→大地震が来れば甚大な被害が生じる,の悪循環です.今や日本の建築技術は世界一とも言え,現在の耐震規定を満たすように建てられていれば震度7クラス(正確には震度7は青天井なので震度7の下限の計測震度6.5程度)の地震が来ても大きな被害を受けることはほとんどありません.実際,私はもう十数回地震被害調査に行きましたが,現在の耐震規定を満たしている建物はほとんど大きな被害を受けていません.1995年兵庫県南部地震や震度7を記録し20%の家屋が全壊した2004年新潟県中越地震の川口町ですらそうでした.

 しかし,その一方で現在の耐震規定になる以前に建てられて現規定を満たしていないいわゆる「既存不適格建物」が大量に野放しになっています.そのような建物は本来,現在の耐震規定を満たすようにする耐震補強すべきなのですが,これが一向に進みません.「地震は人を殺さない.地震によって壊れる建物が人を殺す」という名言があります.震度7のものすごい揺れに遭遇したとしても,もし運動場の真ん中のような周りになにもないところにいれば,まあ立っているのは難しいでしょうが,しゃがんで2,3分やり過ごせばどうってことはありません.しかし,既存不適格建物の中にいれば,普段は雨露をしのいでくれる建物が一転凶器と化します.建物を充分に耐震的にできる建設技術があるのに,それを放置していることは地震が悪いというよりは,そこに住んでいる人の自己責任とも言えます.つまり,大地震というと自然の猛威には勝てない,とか言う人がいますけどそれは大きな間違いで,地震災害は自然災害と言うよりは人災なのです.

 それでも既存不適格建物の耐震補強が一向に進まないのは,やはり大地震が滅多に来ない(と思ってる)からでしょう.耐震補強にかかる費用は普通の木造家屋だとだいたい100〜200万くらい,つまり車1台分くらいです.みんな車は何年おきかに買い換えますが,自宅を耐震補強しようとは思いません.それはやっぱり大地震なんかほんとに来るかどうかわからないし,費用対効果も明確でないからでしょう.

 ではどうすればいいでしょうか?これはいろんな講演会などでも話していることですが,やはり,できることからやることだと思います.最低限の目標は,とにかく命だけは確保することでしょう.例えば,木造家屋なら寝室を1階から2階にするとか(多くの場合1階が潰れるので),本棚や箪笥が倒れてくる方向に寝ないようにベッド(布団を敷く位置)を変えるとか,そういう些細なことでも地震で命を落とす確率は格段に違ってきます.人間起きていれば何とか生き残ろうとするもので,逆に言えば寝ているときは全く無抵抗なので寝る場所の状況はとても大事です.実際,1995年兵庫県南部地震は未明に発生したため,亡くなった人の多くは,木造家屋の1階で寝ていた人達でした.地震が起こったとき起きていれば「生存空間」が残りそうなところに移動することを最優先しましょう.もしマンションやオフィスビルなどの鉄筋コンクリート造や鉄骨造ならその階が潰れても梁下にいなければ命を落とす確率は低いです.ですから地震だ!と思って上を見て梁があったら即在に横に移動しましょう.

 しかし,大地震は「滅多に来ないから厄介」と書きましたが,最近は「滅多に来ない」とも言ってられなくなってきました.70年周期説的に言えば活動期に入ったとも言われていて,実際1940年代は,わずか10年間に1000人以上の死者を出した地震が5回(鳥取,東南海,三河,南海,福井)も起こっています.M8クラスの東海,東南海,南海地震はかなり世間を騒がせていますが,M7クラスの直下地震は日本のどこでいつ起こってもおかしくはありません.だって,福岡にM7クラスの地震が来たのですから.そしてそれは福岡も例外ではありません.福岡県西方沖地震で福岡市直下の警固断層に新たなストレスが加わり,そのレベルは最大で1995年兵庫県南部地震発生前の野島断層程度に達した可能性もあるという試算もあります.

 この文章を書いているときに耐震強度偽造というとんでもない事件が発覚しました.もちろん絶対にあってはならないことですが,偽造はちゃんとした人間がちゃんと見れば絶対わかること,大量に放置されている既存不適格建物の中にも耐震強度を偽造された欠陥マンションなどと同程度の耐震性能しか有しないものはいくらでもある,原因こそ違うが現在の耐震規定を満たしていないという点では同じということは書いておきたいと思います.このことも含めてまだまだ書いておきたいことは山のようにあるのですが,紙面がとても足りないようです.もし興味をおもちの方がいらっしゃいましたら,ホームページ(http://www.kz.tsukuba.ac.jp/~sakai/index.html)にいろいろ書いていますのでよろしければご覧ください.かちゃかちゃURLを入力するより私の名前(境有紀)で検索した方が楽だと思います.



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