面白さ(仮)

 最近,「面白さ」って言葉が何度か登場しています.研究が面白いとか,スポーツの単純な面白さとか.やる気3要素的にはそれそのものの面白さとか内的熟達に対応するものです.英語で言えば,funではなくてinterestingです.でも面白さってそもそもなんですかね.

 内的熟達という単語を見ると「熟達」という単語が含まれています.つまり上手くなるってことですよね.何かを練習したり修行したりしてできないことができるようになる,ということです.ですから,できるようにならなければ面白くない,ということになります.例えば,スポーツの単純な面白さと言っても,いくら練習しても上手くできるようにならなければ面白くないでしょう.練習やトレーニングをしてできないことができるようになるから面白いのだと思います.

 研究はどうでしょうか?私がまだ地震研にいた頃,当時まだドクターの学生だった名工大の梅村先生に,ちょっとこういうことやらない?ってやらせた(^^;?研究があるんですけど,繰り返しによる耐力低下を考慮に入れた復元力特性モデルの開発というもので,まあぱっときくとちょっとかっこよさそう?ですけど,実際にどういうことやるかというと,膨大な量の実験データをひたすらデジタル化して解析して,繰り返し載荷によってどういうパラメータが耐力低下に影響を与えるのか,それをどう定量的にモデルのパラメータに反映させるのか,というもので,作業の大半はデータのデジタル化で,彼はデジタイザでひたすら「かちかち」やってました(^^;.

 ちょうどそういう時に,梅村君(当時はまだ学生なので(^^;)と飲んでいて,「研究って面白い?」ときいたときに彼が言った言葉がとても印象的だったのですが,それは「デジタイザでかちかちやってるのはとてもしんどいですけど,それ使って解析して何か出てきたときはいい感じっすね.」というようなものでした.

 研究の面白さなんていうのはそんなものかもしれません.つまりそれそのものが面白いというよりは,何か出てくるんじゃないかとわくわくしながら,ひたすら辛い単純作業に耐える,というところがあります.私が地震直後に足を棒のようにして強震観測点周りの全数調査を行うのも,被害調査そのものはとてもつらくてしんどいものですが,そうやってこつこつ集めたデータを解析して,被害と相関をもつ地震動の周期帯がきれーに浮かび上がってくると,何とも言えない快感?があります(ちょっと不謹慎か?).考えてみれば,ノーベル賞をもらうような研究だって,膨大な数のパラメータの組み合わせの単純な実験をひたすら繰り返してうまく行くケースを見つけるようなものや,山の中に巨大な穴を掘って,ひたすら宇宙線を観測するとか,作業そのものはとても地味なものばかりです.

 もちろん,実験でも調査でも観測でもやみくもにやるのではなく,そこには何らかの「見通し」があるわけで,そこを考えに考え抜いて工夫するのが研究の本質でしょう.あるいは,その前の段階でそもそも何をやるか,即ち,研究テーマとして何を選ぶか,はもっと重要です.研究の善し悪しなど何をやるかを決めた段階でほぼ決したようなもので,そこが研究者の腕の見せ所ではあります.しかし,研究をしている時間の大半は,前述したような単純作業?に占められるというところは大いにあると思います.

 最先端の研究ですら,アイデアの斬新さ,今まで誰も思いつかなかったことを思いついた後は,それを確認したり証明したりするために,ひたすらじみーな作業を繰り返すということはよくあることです.そして,これは研究に限らず何でもそうだと思います.外から見るととても華やかなプロスポーツ選手も辛くてきびしい練習やトレーニングをしています.それはとても単調なものも多いです.世界一流のピアニストもそうでしょうし,テレビや映画で出てくるとても華やか(に見える)俳優もロケの現場はかなり過酷で重労働とも言えるものです.しかしそういう現場から何かが生まれる面白さがあるのだと思います.

 ただ,ここに書いたことは「面白さ」の全てを言い尽くしてはいないような気がします.「辛い単純作業」と書きましたが,単純作業自体を面白いと思うときもなくはないです.ですから,とりあえずこういう形で書きましたけど,とても重要なテーマで,効力感をもって仕事を続けていけるかどうかがかなりこれにかかっているので,考え続けていきたいと思います(それでタイトルに(仮)が付いています).

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