向こうとこっち

 このテーマは前から書こうと思っていたのですが,今日千葉ロッテマリーンズが優勝して選手やファンが喜んでいるのを見てあらためて...「向こうとこっち」の「向こう」は選手とかプレーヤー,「こっち」は観客とかファンのことです.私も30年以上ライオンズファンをやってますので,ライオンズが優勝すればそりゃーうれしいです.ロッテファンや阪神ファンを見ているとみんなほんとに嬉しそうです.私も去年はライオンズがほんとに久しぶりに優勝して日本シリーズに勝ったので嬉しかったです.でももちろんほんとに心の底から嬉しいわけではありません.だって優勝したのは自分ではなく,「向こう」の選手だからです.

 私にとっていろんな意味でいろんなことがあった大学1年から大学院の博士課程までの9年間(1986年〜1990年)は,まさにライオンズの全盛期で確か9回中7回パリーグを制して,日本シリーズも7回中6回勝ちました.そのたびごとに大喜びしたのですが,実際,シーズンが終わる寂しさもあってどこか空しさのようなものも感じていました.大学1,2年で進路に悩んでいた頃や,博士課程で実験がしんどくてなかなか進まなかったときなどは特にそうでした.なんだかんだ言ってもやはり人間自分のことの方が大事でしょう.つまり,こっちにいるのではなくて向こうに行くべきか,ということです.向こうとこっちというのは,もちろんプロ野球に限ったことではなく,いろんな分野に存在します.

 しかし向こうには誰でも行けるわけではありません.プロ野球選手はいい例です.ですから大部分の人はこっちで応援するわけです.では,運良く?向こうに行けるとしたらどうでしょうか?そりゃ向こうに行けるもんなら行きたい,と思いますか?びみょーなところかもしれません.平たく言うと100万円もらってプレーするか,1000円払って観客になるか,ということです.100万円もらうのであれば,それ相応のものが求められますし,プレッシャーや緊張感はものすごいでしょう.そしてスポーツなら勝利という結果を手にできるのは,ごくごくごく僅かというのは,ここで書いている通りです.そんなしんどい思いをするのなら,こっちで1000円ぽっきり払ってのんびり高みの見物の方が気が楽だ,という考えもあるでしょう.

 それでも人はどういうわけか向こうに行ける人は行こうとします.なぜでしょうか?私はそれはやはり「役回り」だと思っています.つまり,人にはそれぞれ何かの才能や能力があって,社会全体の中でそれを発揮して貢献するような役回りになっているのだと思います.150億年前からそう決まっているのだと思います.

 さて私は「向こう」にいるのでしょうか?「こっち」にいるのでしょうか?講演会やパネルディスカッションのようなもので大勢の人の前やテレビカメラの前で偉そうに(^^;しゃっべっていたりすると「向こう」に来ちゃったのかな,と思うこともあります.来たくて来たんじゃない,と思うことも正直ありますが,もしそれが少しでも社会の役に立っているのであれば嬉しいのは言うまでもありません.ですから,やはり向こうに行きたいとかそういうことではなくて,自分のできることをしてそれが社会の役に立つのなら,ということでしょう.つまり,自分がどうしたいかというよりは,自分に何ができるのかということだと思います.

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