アクセスカウンタが10万に到達しました.ホームページ設置の当初の目的は,提案する震度算定法の提案と自分なりにいろんなことについて考えることを文章にしたものの公開だったのですが,カウンタを設置したのは,それから1年近く経過してからでした.具体的な日付はカウンタの下にあるように,2年前の2003年6月3日なので,2年足らずで10万ということになり,カウンタ設置当初からは予想もできない,かなりのハイペースです.これもひとえにホームページをご覧いただいている方々のお陰ということで感謝しておりますm(_ _)m.ホームページは見てもらうために作り,更新するものなので,日々増えていくカウンタがホームページ更新意欲を駆り立ててくれたのは言うまでもありません.
カウンタを設置したのは,当然のことながらいったいどの位の方に見ていただいているのだろうかという素朴な疑問からです.設置した2003年6月3日というのは,2003年5月26日に発生した三陸南地震(宮城県沖の地震)の被害調査の速報をホームページに公開してしばらくしてでした.被害調査速報のホームページでの公開を始めたのもこのときからで,その後,2003年7月の宮城県北部地震,9月の十勝沖地震,2004年10月の新潟県中越地震,2005年3月の福岡県西方沖地震と立て続けに大きな地震が起こって,そのたびに被害調査に出かけて速報を公開してきました.
最初の三陸南地震は,大学に戻ってから公開しましたが,その後,どんどんエスカレート?し,2003年7月の宮城県北部地震からは現地から携帯電話で繋いでアップロードするようになりました.地震が起こるたびにアクセス数は増えていって,新潟県中越地震のときは1週間で2万アクセスにも達しました.最近は,地震が起こると直後から顕著にアクセスが増えるのがわかり,早く被害調査に行ってこい,とせき立てられているような気もするのですが(^^;,生来の怠け者である私にとっては,そういう形でエネルギーをもらうような感じでとても感謝しています.
地震が発生したら,強震観測点周りの被害調査を定量的に行って,地震動の性質と建物被害の関係を検討する,というやり方は,(おそらく)私が最初に始めた,ということもありますが,誰かがやらないと貴重なデータが永遠に失われてしまう,という使命感のようなものもあります.しかしながら,そういう調査と検討を可能にしたのは,1995年兵庫県南部地震以降の強震観測網の整備の賜であるのは言うまでもなく,防災科学技術研究所,気象庁,自治体の関係各位には感謝の念にたえません.
10万という一応の区切りなので,アクセス数の推移というのもグラフにしてみました.やはり大地震が起こって被害調査速報を公開したときに大きなピークが来ていることがわかります.特に2004年新潟県中越地震のピークは巨大?ですが,2005年福岡県西方沖地震と2003年の3地震を比較しても,福岡県西方沖の方がはるかに山が高いので,やはり,地震が起こるごとにより多くの方にご覧いただけるようになってきたのだろうと思っています.

このように全体の半分くらい?は,地震被害調査関連のページだと思いますが,地震が起こっていない「平時」のアクセス数も徐々に増えてきているように思います.最近は1日でだいたい100〜200程度のアクセスはあるようです.被害調査速報をご覧になったのをきっかけにその他のページにも関心をもっていただいて見ていただいているとしたら,望外の喜びです.今後も,見てよかったと期待を裏切らないように更新を続けて行けたらと考えております.
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