4/24'05
5/27'05 加筆
定年(停年)

 日本が高齢化社会になって,老後をどうするかとか年金問題とかいろいろ制度上のことが言われてますけど,私は単純に,働ける人は働いてもらうのが一番いいと思っています.年金も一律65歳になったらみんなにあげるのではなく,介護保険のようにもう働けないという「認定」をちゃんと受けた人から順番に支給すればいいのです.事情は人それぞれなのに年齢という実は一番個人差が大きい指標で一律にぶった切るのは,もういい加減辞めて欲しいです.なんで高齢化社会になっているかというとみんな元気で長生きしているからであって,元気なら働いてもらえばいいということです.そうすると上が詰まって若い人が割を食うということなりますが,それは若い人が頑張って年長者以上の仕事をすればいいだけの話です.ですから,当然,年功序列というだけではなく,成果主義ということにする必要があります.ということは,年長者でも若い人に仕事で負ければ,給料は安いし,リストラの憂き目にあうこともあるでしょう.それはそれで仕方ないことです.ですが,ある年齢に達したからクビ(私は定年退職は一種のリストラだと思っています)というのとは違います.

 実は,「頑張る」でも書いていますが,私が就職後,やる気を失って無気力になっていった大きな引き金の1つが,私が尊敬していた先生方が停年(東大は定年ではなく,停年と言います.多分京大もそうです.)を迎えられ,次々と辞めて行かれたことでした.当時東大は停年が60で,はっきり言ってまだまだ現役のバリバリでまさに建築構造界のリーダー的役割を果たしておられました.それが,年齢が60になったというだけで東大を「クビ」になるわけです.その時私は,「何とか研究者としての職にありつけたことの喜びを噛みしめるような日々を送」っていましたが,「大学の先生とは言え,どんなに能力があっても停年になればクビになるのか...ひょっとしてつまんない職業を選んでしまったのかな...」と感じてしまいました.

 定年のない職業はいろいろあります.例えば,医者,弁護士,芸術家,作家,自営業などなど...これらは,病気や怪我をすればサラリーマンのように有給があるわけでもないので,自己管理はしっかりしないといけません.お客が来なければ商売あがったり,ということもあるでしょう.しかし,自分で頑張れば頑張っただけの成果があるとも言えます(もちろん頑張り方にもよりますが).そして,しっかり自己管理して元気であればいくつになっても働くことができます.例えば,ピアニストは,指先さえ動けばピアノを弾けるので(超一流のピアニストになるほど,指先だけ,それも第一関節だけで弾いていると言われています),80,90になっても現役バリバリということも多いです(弓を引く手の関係で60を過ぎると急速に衰えるヴァイオリニストとは対照的ですね).実際,バックハウスは,亡くなる直前まで演奏会で弾いていて,亡くなる1週間前のラストコンサートは名演として今でも語り草になっています.

 私の妻もプロのピアニストで,そのレベルは相当なものですが,食べていくのは正直なかなか大変です.ですが,彼女のことを羨ましいと思うことは,やはり「定年がない」ことです.そして,それこそ死ぬ直前まで成長,上達し続けることができるのです.大学の先生,研究者も本来的にやっていることは,そういうことのはずなのですが,大学や勤務先の研究所などを定年になると(もちろん,別の大学や研究機関に移って何年か延長するケースもありますが)実験設備や研究費などの関係で研究活動を続けることは実際なかなか難しいです.ほんとに社会が必要としているのなら,周りがなんとかするとも思うのですが,そうしないということは,ほんとは必要とされていない,ということなのでしょうか?そう考えると頑張るのがばからしくもなってきますが,ほんとに必要とされていないのなら,まあそれはそれで仕方がないですね.

 そういう状況でどうするか,まあ年金もらえる(かどうかわかりませんけど(^^;)んだから,のんびり老後を過ごせばいいんじゃない?ってことになるのかもしれませんが,実際どうなんでしょうか?皆さん,定年退職後,楽しく年金暮らしをしてらっしゃるのでしょうか?私はもし今のまま自分が定年を迎えて仕事を取り上げられたら,楽しく生きていけるとは思えません.他のページにも書いていますが,私は仕事以外にいろんなことをかなりまじ(^^;にやっていますが,それだけで精神的にバランスを取ることは難しいと思います.それは,人間やはりほんの少しでも誰かの役に立っている,社会に貢献できている,という思いがないときびしいと思うからです(まあそんなんなくてもへっちゃらという人もいるとは思いますが(^^;).

 実際,定年退職後,突如ボランティア活動を始めたり,どんなに給料が安くてもまた違う仕事を始めたりということはよくあるとききますし,その気持ちは痛いほどわかります.確かに「人生所詮退屈しのぎ」ですが,究極の退屈しのぎは,「趣味」などではなくやはり「仕事」であり,それは「仕事」である以上,誰かの役に立っている,ということだと思います.

 まあ,70くらいまで何とか「食いつない」げば,平均年齢は80くらいなので10年くらいはまあ適当にのんびりと(^^;という考えもあるのかもしれませんが,人間,病気や事故などの突発事件がなければ理論上?は120まで生きる,というデータもあります.120まで生きるとすると65という定年はほぼ「折り返し」です.別にそんなに長生きしたいとは思いませんが,長生き「してしまう」かもしれません.なかなか自分で自分の命を絶てるものではないので,生きている以上は退屈しのぎをしていかなくてはなりません.そして,仕事こそが究極の退屈しのぎなのは「人生所詮退屈しのぎ」で述べたとおりです.つまり,長生きは一種の「リスク」であり,リスクである以上は,しっかりとリスクに対する備えをしないといけないわけです.

 私は,今の仕事はやりがいもありますし,やらなければならないこと,やっておかねばならないことが山積なので,続けていくと思いますが,これからどうするか,将来どうするかは,実はずっと考えています.これから20年修行(私は修行って言葉が大好きです.一生修行できたらほんとにいいなあと思います)して今の仕事が定年になったときにプロのピアニストとしてデビューするといろんな人に話したらみんな本気にしてくれませんでした(^^;が,唯一妻だけは「いいじゃん.応援するよ.」と言ってくれました(^^).でも,ちゃんとした「レッスン」を何回かしてもらったのですが(おそらく生まれて初めてのちゃんとした「レッスン」でした(^^;),あまりに辛すぎてだめでした(T_T).

 いずれにしても「人生所詮退屈しのぎ」なので,いかに気分よく楽しく,即ち,自分が誰かの,社会の役に立っているというという気持ちを持ち続けられるかですね.仕事があるうちは何とか大丈夫でしょうが,問題はやはり定年後だと思います.20年後そういう制度がなくなっていれば一番いいのですが,悲しいかな世の中なかなか変わりませんから,そうでない場合を想定して,20年後の「プロデビュー」を目指して(^^;,これから20年(そして20年後も)修行できたらいいな,ていうより,その前に,そういうものを見つけられたらいいなと思います.ということで,「やりたいこと探し」は延々と続くわけです.

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