頑張る

 私は「頑張る」と言う言葉があまり好きではありません.いや,大嫌いと言ってもいいかと思います.いや,正確にはある時期から嫌いになりました.いつ頃かというと,「今の仕事を選んだわけ」に書いていますが,小さい頃からの「大学の先生になって自分が興味を持てることを仕事にして食べていく」という夢?を実現してからでしょうか.それまでは,と言うと,これも「今の仕事を選んだわけ」にも書いていますが,まあ「状況」によっていろいろ波はありましたが,自分なりによく頑張ってきたなあ,と思います(^^;.

 ですが,無事目標を達成し?大学に職を得てからは,しばらくは「何とか研究者としての職にありつけたことの喜びを噛みしめるような日々を送」っていましたが,だんだんやる気というか,効力感を維持するのに苦しむようになりました.もちろん,それ以前もやる気になったりならなかったりという波はかなりありましたし,やる気になったとき,だーーっと仕事してやる気にならないときはやらない(^^;,という感じで何とか乗り切ってきて,そういう風な仕事の仕方ができるというのも大学の教員という職業を選んだ理由の1つでした.大学は昼間の日常業務以外の研究は完全成果主義なので,極端な話,1ヶ月で1年分の仕事をすれば残りの11ヶ月は遊んで暮らせるわけです.まあ,実際にそうする人はいないと思いますが(^^;,1ヶ月で1年分の仕事をするなんてことはしょっちゅうですし,逆に,いい結果が出ず全く進まない状態が延々と続くこともしょっちゅうです(T_T).

 しかし,大学に就職して何年かしたとき,当時つき合っていた人と結婚寸前?(式場のホテルまで予約していた.披露宴の半年前にオークラにキャンセルに行って予約金を返してもらったときの空しさは今でも忘れられません)まで行って,諸般の事情?(要は私がふられた(T_T))で結局結婚できなかった,ということや,私が尊敬していた先生方が停年を迎えられ,次々と辞めて行かれて,「大学の先生でもどんなに能力があっても停年になればクビになるのか...ひょっとしてつまんない職業を選んでしまったのかな...」と感じてしまったことが引き金のようになって,やる気ありとやる気なしの波がずっとやる気なしのままのようになり,そして何事にも無気力になっていきました.1993年頃ですから,今からだいたい12年くらい前ですね.でも,周りから見ているとちゃんとそれなりに?仕事はしているし,バドミントン,ピアノ(はそんなに弾いていなかったか(^^;,でもそれは今もそう?),スキーとかもしていたし,そんなに変わった様子はなかったと思います.でも自分の中では,いったいどうしちゃったんだろう?という思いがずっとありました.そして,そういう状態は「状況」によらずずっと続き,最悪期は脱したとは思うのですが(そうだといいのですが),実はなんと今でも続いています.

 いったい,なんでそんなことになってしまったか,いろいろ考えましたが,1つの理由は幸福論?でも書いていますが,「大学の先生になって自分が興味を持てることを仕事にして食べていく」という夢?を実現してしまって,次の目標?がうまく見つけられなかった,ということでしょう.まあ,普通?なら出世するとか偉くなるとかを目標?にしたり,結婚して子供がいれば子供が一人前になるまでは子供のために(でもこれって実は自分のためなんですけどね(^^;)頑張んなきゃみたいなことを心の支え?にしている人もいるのかもしれません.実際,私の父は,子供(私と妹)が産まれるまでは,大学院の研究室を喧嘩して飛び出して(近代文学をやりたかったが,当時は文学と言えば全て古典だった),定時制高校の先生をしていましたが,妹が産まれたのを期に大学の先生になろうと一念発起した,と言っていました.

 でも,私は出世?とか偉くなるとかそういうことにはそれほど執着はありませんでした.というか,むしろ,そのときの私の上司に当たる先生にそのうち上にあげるというようなことを言われ,逆にそういうことで先が見えてしまったような感じがしてしまった(今考えるとしょぼい話ですが(^^;),といった方がいいかもしれません.その後,結婚はしましたが,子供はいません(結婚や子供のことについても書く必要がありそうです).

 でも研究者なわけですから,そういう世俗的?なことはともかく,自分の専門には興味をもって,その道を極める?みたいなことを目標?みたいにして(やる気3要素の内的熟達ですね),効力感を維持してもよさそうなものですが,それもうまくできませんでした.頑張らなきゃと思えば思うほど頑張れない感じでした.そして,頑張るという言葉を聞いただけで耳を塞ぎたくなるようになりました.

 今でもテレビで流れていますが,エーザイという製薬会社のコマーシャルが「元気出しましょう」みたいなものばっかりで,実際,最後に女の人の優しい(^^;声で「頑張っていきましょう.エーザイ.」(今は,「元気出して行きましょう.エーザイ.」になった.同じことですね(^^;)というフレーズが入るのですが,それが嫌で嫌で仕方なかったです.それは今でもそうで,テレビを見ていてエーザイのコマーシャルが始まると慌ててチャンネルを変えるほどです.頑張りたくても頑張れない人に頑張れというほど酷なことはありません.日本では,試験とか試合とか何かそういうことがあるとよく「頑張って!」と言いますが,それも結構嫌です.同じsituationだと英語なら,「Take it easy!」です.

 ここまで書くと気がついた人もいるかと思いますが,症状的に鬱のような気もして,いろいろ調べたりもしましたが,鬱の大きな特徴である,食欲,睡眠欲がなくなる,といった症状はありませんでした.というか,3度の食事,そして,寝ることだけが楽しみでした(^^;.性欲もありました(^^;.ただ実際,何とも言えない憂鬱な気分になることはしょっちゅうで,こんなにつまらない人生なら生きていても仕方ないと思うことも正直ありました.

 ただ,鬱(鬱病ではなく,憂鬱な気分になること)というのは,非常に厄介なものですが,理にかなっているところもあって,それは,人間頑張りすぎると,それ以上頑張ると体を壊すからそれ以上が頑張らせないように,気分を落ち込ませて鬱にして,体を無理矢理休むようにさせる,という仕組みになっている,ということです.そう考えると,「大学の先生になって自分が興味を持てることを仕事にして食べていく」という夢?を実現する前の自分というのは,そういう夢?に向かって20年以上もの長きに渡って,とても頑張ってきたんだと思います.そして,夢を達成して目標を失うと同時に,それ以上頑張るな,と脳が指令を出した,と考えることもできるわけです.20年頑張ったのだから10年くらいは休まないといけない,ということなのですかね.でもちと長すぎますよね(^^;.そうすると,定年退職まで頑張り続けてその後抜け殻になると,もう立ち直ることはできそうもないですね.実際,高年齢者の自殺者はとても多いとききます.

 そういう風に考えるようになって私がどうするようになったか,いや,どうしようと思うようになったかというと,「頑張り過ぎない」ということです.頑張り過ぎれば,必ずその反動が来て,結局,頑張らない方がよかった,なんてことも大いにあり得ます.今の日本も不景気で元気がなくて,みんなもっと元気出そうよ,とか頑張って景気を回復させよう,とか言うのも別にそんなことやめて,今の状態で幸せになることを考えた方がいいと私は思います.別に景気がいいことが幸せに繋がるとは思えません.失業者が多いのは,不景気のせいというよりは,仕事の再配分の問題です.忙しい人は死ぬほど忙しいです(T_T).ですから,仕事の再配分がちゃんとできるような規制撤廃や構造改革はもちろん必要です.

 ですが,これは私個人の場合ですが(^^;,「頑張り過ぎない」ようにすることは実際にはなかなか難しいです(T_T).仕事はめちゃくちゃ忙しいですし,頑張らないと何ともならないことも正直あります.例えば,大きな被害地震が起こると被害調査に行くのですが,これがかなり大変で(例えば,ここ),以前は,よく被害調査から帰ってくると高熱を発して2,3日寝込む(いや,正確には寝込まないといけないほど高熱を発するが,調査結果の整理をしないといけないので実際には寝込めない(T_T))こともありました.最近は,慣れてきて?そういうことは少なくなった,というよりは,一通り調査結果を整理すると別の仕事が山積で(というのは,地震は突然起こるので,地震が起こると普段の仕事をほっぽりだして調査に行くので,調査から帰ってくるとほっぽりだした仕事が山積状態になっている),寝込むに寝込めない(T_T)ということですね.ここ2年は地震が頻発して,そういうことの繰り返しです.そして,これからしばらくはそういう状態が続きそうです.

 地震被害調査は,地震防災を仕事にしている以上,「現場」そのものなのでやめるわけにはいきません.地震が頻発しているとは言え,やはり「地震は滅多に起きない」ので,被害データは今後の地震防災にとって貴重なデータで,何より,実際に自分の目で確かめて収拾することが重要です.実際,出かける前に集めたいろんな情報と,実際に見た被害が全然違うということも多々ありました.ですから,残念ながら「頑張らないように」とは思っていてもやはり頑張らざるを得ないのでしょう.

 私の人生の目標?は「気分よく生きていくこと」です(幸せになることではありません).自分が気分がよくなるには,自分さえよければいいのではなく,むしろ人の役に立つとか,社会に貢献できるとか(ちょっとおこがましいですが),そういうことです.そして,それには「やる気」が不可欠です.ですが,それをコントロールすることは非常に難しく,実際,ここ10年ほどずっとそれに苦しんできました.やる気がないときは頑張らない,というのができれば一番いいと思うのですが,実際にはそうも言ってられません.むしろ,過去の経験から一度気を抜いたり,安心したり,何かを達成したりすると,それをきっかけにおかしくなることもありました.ですから,「やる気のコントロール」に細心の注意を払いながらしばらくは頑張ってみたい(あー,でもこう書くとまだ抵抗あるなー(^^;)と思っています.そして実は,このくそ忙しい(^^;のにこの雑記帳を書いたりしているのも「やる気のコントロール」が目的なのです.

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