その2の続きです.その2では,「幸せは空間的,時間的に相対的なものである」が,「空間的に相対的なもの」であることを利用して幸せになることは難しいという話でした.今回は,もう1つの要素「時間的に相対的なもの」であるということ,それを利用して幸せになる方法について考えてみます.
「時間的に相対的なもの」であるということを利用して幸せになるとは,どういうことかというと,自分の中で「時間的」に相対的な不幸を想像する,ということです.自分の中のことですから,既に経験していることです.あるいは,想像力があれば未来のことも対象になります.未来で未経験のことでも自分のことなので他人の不幸を想像するよりは想像力は要りません.また,未経験故に薔薇色の未来が想像できれば(夢は実現してしまうと色褪せてしまいますが,実現しなければ薔薇色です(^^;),より幸せになります.
具体的には,過去の不幸な自分を想像することです.例えば,不幸にも?夢を叶えてしまって不幸になってしまった人は,夢を叶える前の不幸な自分を想像することです.よく「初心忘るるべからず」というのはそういうことです.例をあげると,プロ野球選手が少年野球教室に行って,「プロ野球選手に憧れていた昔の自分を思いだして元気をもらった.」と言ってるのとか,怪我をしてプレーできなくなって,でも何とか復活して「野球をできる喜びを再認識した」とか,そういうことです.私が幸福論?(その1)で昔を振り返ったのはそういうことが理由です.つまり,「大学の先生になってその道で食べていく」という夢を叶える以前のことを思い出して(初心に帰って),幸せになろうとした,ということです.
これは不幸にして不幸(^^;になったときにも使えます.つまり,幸不幸は相対的なものなので不幸になったときは,例えば,スポーツ選手が怪我をしてプレーができなくなったときは,プレーできるありがたみをわからせてもらえるチャンスだ,と思って必要以上に落ち込まずじっと我慢して例えばリハビリに頑張ることができる,ということです.そして,復活すればほんとにプレーできる喜びを実感できるでしょう.禍福はあざなえる縄のごとし,とか,ピンチはチャンスとかいうのはそういうことです.
幸い?夢をまだ叶えてない人は,未来の夢を叶えた自分を想像して幸せになって頑張ることができます.ただし,時間の符号が過去とは反対なので想像するのも不幸とは逆の幸せになります.あるいは,時間の符号を現在から過去と同じく,未来から現在にとって,年をとった自分を想像してまだ若い自分は幸せだ,若いうちにできることを存分にやっておこう,とか,最後は死んでしまうという不幸?を想像して,生きているということだけでも幸せだ,と思える人は思えるでしょう.
しかし,これもやはり「変化率」が問題です.あまり昔のことだと変化率が小さいので現実感が乏しくなってきます.遠い将来の遠い夢ではなかなかモチベーションも上がってきません.実際,私も夢を叶える前の昔の自分を振り返ってみましたが,幸せにはなれませんでした(T_T).ていうか,夢を叶える前の自分の方が幸せだったことを再認識してしまってがっかりしたくらいです(^^;.ただし,昔に戻りたいとは全く思いませんでした.まあ戻ろうと思っても戻れるものでもありませんし,「昔の自分」が自分は幸せだ,と言い張ったとしても,それはあなたの幸せでしょ,ということになるのは,その1で書いたとおりです.そういう意味では昔の自分は他人であり,そうすると,空間的時間的という区別はなくなります.
昔の自分と今の自分を比べると,もちろん同じ人間なのは否定しようがないのですが,全く違うというか,赤の他人のようにすら思えることはよくあります.小学生くらいまでのあまりにも自分勝手でわがままな自分がもしそこにいたら,昔の父と同じように叱りとばすでしょうし,大学院生くらいまでの私もかなり生意気で正直あまり好きではありません(^^;.今のような人間になったのはいつ頃からでしょうか?(別に今は真っ当な人間になった,自分が好きになったという意味ではもちろんありません(^^;).割と最近,少なくとも10年は経っていないような気がします.そして,これからまたどう変わっていくかもしれません.そういう意味では,やはり昔の自分は他人だという気がするのです(そう思いたい(^^;).よく有名になって(例えば,ノーベル賞もらってとか,ニッポン放送を買収してとか(^^;),昔の小さい頃の逸話がテレビで紹介されているのなんか見ると,ほんと有名にはなりたくないものだと思ってしまいます(^^;(まあそんなのは全くの杞憂でしょうけど(^^;).ていうか世間に面が割れてしまって町中を自由に歩けなくなったら鬱陶しいこと甚だしいです.
そうすると,自分が自分とは違う他人であるほど時間が経っていると,変化率が小さいのはもちろんのこと,他人であれば時間的というよりは空間的な変化になるので,それで幸せを感じるのはなかなか難しいということになってきます.ということで,次回は,幸せが「時間的に相対的なもの」であるということを利用してもっと「効率的に」幸せになるにはどうしたらいいか?について考えます.
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