あなたは「愛したい」ですか?「愛されたい」ですか?まあアンケートをとったわけではありませんが,「愛されたい」と答える人が圧倒的に多いような気がします.私ももちろん嫌われるよりは愛されたいです.ですが,あえて私は「愛したい」と答えたいと思います.それは,「愛される」ことよりも「愛する」ことによって得られることが多いと思うからです.
ちょっと卑近(^^;な例ですが,こんなことがありました.それは大学受験で浪人しているときですが,ずっとA判定と順調に推移していた成績が本番間近の12月頃,確か,河合塾の東大模試だったか,突如,C判定を食らってショックを受け,不安で勉強が手につかなくなったことがありました.もうこれ以上浪人できないし,どうしようと大分思い悩みました.この時期に浪人でC判定は,はっきり言って志望校の変更を検討するほどのことです.そしてそれは,共通1次(今のセンター試験)で9割5分も取ってしまったことで拍車がかかりました.というのは,東大は共通1次を全く重要視しておらず(共通1次は2次試験のわずか1/4)ほとんど2次試験で決まるのに対して,それ以外のほとんどの大学は共通1次を半分以上配点していて,共通1次で9割5分も取れば,2次試験でよほどへまをしない限りはだいたいの大学に合格できたからです.
そうこうしている時,私と同じ高校(修猷館)の現役の女の子が東大理Iを志望している,ということを知りました.今の仕事を選んだわけでも書いていますが,修猷館の上位はほとんど女性で占められていて,確か彼女はダントツの1番だったと思います.女性だと東大に行ける力があるにも関わらず,親元を離れたがらないせいか(保守的な土地柄ですからねー)ほとんどは九大医学部に行ってしまっていたので(そういう理由で医学部に行くというのも問題ですね),東大の理Iを志望している女性がいるというだけで嬉しかったのを憶えています.どんな人だろう?と思っていたら,確か河合塾のパフレットか何かに顔写真付きで載っているのを偶然発見しました.とても綺麗な人でした(でも今考えるとまだ東大に受かったわけでもないのにパンフレットに載っていたというのも変な話ですね).
浪人中ですから,浮いたような話はなにもないわけで,女性で成績がダントツの1番で東大理I志望でしかも美人というだけで好きになってしまった(^^;と思います(本人の中身も知らずに好きになってしまうというのは,今では全く考えられませんが,まあまだ子供だったと言うことですね(^^;).もちろんこっちが勝手に好きになっているだけの話であって,彼女はそんなこと知る由もありませんし,私の存在さえ知らないでしょう.ですが,私は「勝手に」彼女のことを好きになることにより,いっしょに東大に入りたい,と勝手に思いこんで,12月の本番間近に成績が急落する,というピンチを乗り越えて,何とか合格することができたのです.こうして考えると今の私(というほど大したもんじゃないが(^^;)があるのも彼女のおかげですね(^^;.まあちょっと卑近な?例ではありますが,そう言えばそんなこともありましたということで...(^^;.人を好きになることで自分が頑張れていいこと?があった例を挙げてみました.
私は恋愛は基本的に「片思い」だと思っています.ある人を好きになったときの何とも言えない気持ちは何物にも変えがたいものがあります.気持ちが変われば当然行動も変わり,自分自身が大きく変わることもできます.私は結婚しているので当然妻がいますが,彼女のことも基本的には「片思い」です.もちろん,彼女が私のことを好きだと言ってくれるのなら,それはもちろん嬉しいですが,そんなことは二の次,というと大分語弊がありますが(^^;,でもそうなんです.彼女は東京で仕事をしているので,普段はなかなか会うことはできないですが,「片思い」なんですから,私は彼女のことが好き,という気持ちだけで何とかやって行けます.もちろん逆に言えば,夫婦なので彼女が私のことを嫌いになれば,その瞬間に関係は終わってしまいますが,それはそれで仕方のないことです.
ですから,ある人を好きになったら,それはもうそれだけで素晴らしいことなので,その気持ちを大事にしてもらえたら,と思います.相手も自分のことを好きになってくれて相思相愛になることが恋愛だとは私は思っていません.ですから,失恋しても,たとえ告白できなくてもそれはそれで仕方ないしそれだけで充分ではないですか.実は昨年,研究室の学生ではありませんが,私がよく知るとても優秀な学生が失恋を苦に自ら命を絶ってしまいました.彼とはいろんな話をしましたし,その中でこういう話ができなかったことが悔やまれてなりません.
「恋愛は片思い」,これは,異性同士だけではなく,同性同士でもあることでしょうし,人と人だけにも限りません.もし,自分の仕事を愛している,と言えるとしたら,それほどのものに出会うことができたのなら,それだけでどれほど素晴らしいことでしょうか.阿部先生(元筑波大バドミントン部監督)の「バドミントンを愛したがバドミントンから愛されることはなかった」という言葉は私にとってまさに衝撃でした.私は自分の仕事を「愛している」とまで言えるのだろうか?と自問してみましたが,とてもそこまでは言えないということに気がついて愕然としたものです.と,同時に阿部先生は確かにバドミントン界の中でいろんな苦労をされてきたと思うのですが,「バドミントンを愛した」と言えるということは,それだけでとても幸せと言えるのではないかと私は思うのです.
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