まだバドミントンやってます

 上のページでも書いていますが,私は齢40を過ぎましたが(^^;,まだバドミントンをやってます.それも楽しく健康のためというよりは,競技として,一言で言えば「勝つために」やっています.そもそもスポーツは体に悪いので健康のためにスポーツをやるわけがありません(^^;.

 じゃあ,何のためにやっているのかというと,もちろんバドミントンを通じていろんな人達と繋がりができることも大きいですが,流行の言い方で言うと「自己実現」のようなものでしょうか?(^^;つまり,バドミントンが強くなりたい,強くなるためにいろいろ考えてトレーニングしたり,練習したりするのを重要と考えているということです.全体の練習量に比べれば試合の時間はごくごくわずかです.スポーツである以上試合で結果を残すことで評価されるのは仕方ないところはありますが,私にとってのバドミントンは,強くなるための創意工夫の場なのです.

 でも一流の選手にとってもそれはそうなのではないでしょうか?よくマスコミが目標はオリンピックですか?みたいなことをきくとあからさまに嫌な顔をする選手は多いですし,それはよくわかります.だって,オリンピックなんて4年に一度で,しかも試合なんか一瞬ですし,日々の練習が全てオリンピックのため,などということはないと思います.生活のためだけにプレーしているプロスポーツ選手もいないでしょう.もしそんなことがあるとしたら,とても苦しいでしょうし,そういう非常に高いレベルでプレーできる幸運,才能,機会を与えられているのに勿体ないと思います.

 そういう意味ではドーピング問題は,単に選手の健康を害するとかフェアでないとかそういうことだけではなく,「自己実現」にもつながるスポーツの素晴らしさをとてもないがしろにしているようで残念です.創意工夫をして強くなることに意味があるし,それが効力感にもつながるものですが,報酬のために手段を選ばず,ということになってしまってとても不幸なことだと思います(詳しくは「やる気3要素と無気力」参照).

 話を戻すと,私はバドミントンが強くなるために練習しているわけですが,試合に勝つことが目的ではなく,自分で創意工夫して強くなる,という「過程」,そして,それを楽しむことが大事だと思っています.試合は,そういう創意工夫の結果を試す場ということになります.いい結果,即ち,試合に勝つことができれば成果が現れたもわけでもちろん嬉しいですが,それが目的というわけではないということです.週2,3回2時間程度という私くらいの練習量でも試合の時間なんか,練習時間に比べたらわずかなものです.ですから,もしいい結果が得られなくても,即ち,試合に負けてもそれを練習にフィードバックすればいいわけですし,過去の練習も決して無駄なものではなく,最悪でも「人生を退屈しのぎ」できたことになります.

 先日こんなことがありました.私が普段練習している筑波大バドミントン部で,練習の後,レギュラーの山浦が「先生,脳みそ交換してもらえませんか?」と言ってきて,まあそういう風に言ってくれることは私としても悪い気分はしませんし,一瞬それも悪くないかな,とか考えたりして(^^;,でもさすがに職業柄脳みそ勝負なので食べて行けなくなるのは困るので1秒くらい考えて(^^;お断りしたのですが,山浦の獣のような(^^;身体能力とスマッシュのスピードを手に入れれば,私の年代では全日本はおろか世界すら楽勝で取れるでしょうから,お礼?というか切り返し?として「脳みそはだめだけど,体なら交換してもいいよ」と言いました.でも後から考えると,体を交換してバドミントンが強くなっても意味がないですし,そんな安易な方法で強くなってもつまんないですよね.私のこの老いぼれた?体で創意工夫して強くなってこそ意味があるのです.

 しかしながら,実際にはなかなかうまく行かないものです.上の方で格好良く?「健康のためというよりは,競技として,一言で言えば「勝つために」やっています」,なんて書きましたが,大した実績はありません.まあ,大学に入って始めたバドミントンですし,大学時代もそんなに真面目な部員でもありませんでした(^^;.実際,去年東大バドミントン部の同期と1つ下で久しぶりに集まって飲んだとき,筑波大バドミントン部で練習してると話したら,「それじゃあ現役時代より今の方が全然練習してるじゃん!」と異口同音に言われたのにはちょっと閉口しましたが,さすがにそんなことはありません(^^;.実績的にも卒業間近で当時関東リーグ3部の東大バドミントン部で,一番本数が多い京大戦や一橋戦などの対外試合に辛うじて一番端っこに滑り込んで出られたくらいですから,ほんと大したことありません.

 なお,ここで東大バドミントン部の名誉のために少し補足をしておくと,関東リーグ3部というのは相当強いです.当時は関東リーグ全体でだいたい6部か7部くらいまであったのですが(今はもっと多いか?),1,2部が6校ずつ,3部が12校,4部以下は24校という感じで百校以上の十何番目ということですから,推薦も何もなくて(東大ですから(^^;)3部というのは今考えても相当なもんだと思います.しかし,当時はオーダーが3複4単だったので,それなりに層が厚い?東大のような大学には有利だったとは思います(当時,1学年3000人以上いてそのほとんどが男子学生).実際,よくS4勝負,D3勝負になって勝ちを拾うことも多かったと思います.今は,2複3単になっているので1人強いのが入ると全く別のチームになってしまい,東大のようなチームには不利になってしまい,何と現在は5部に落ちています(T_T).今は,運動会(東大では体育会と言わずに運動会と言います)に入るのは流行らなくて強くてもサークルに入るような風潮も影響してると思います.

 しかし,先日東大バドミントン部のレギュラーのプレーを久しぶりに見る機会があったのですが,思ったより(^^;みんなちゃんとプレーしていて,実力的には4部にいてもおかしくないと思いました.しかし,一旦落ちると上がるのは大変なようです.上述のように1人強いのが入ってくると全く別のチームになってしまうので,そういうチームが同じリーグに出現してしまうと,優勝するのはなかなか難しいのです.

 話を元に戻します.大学時代はてんで大したことなかったのですが,それから20年近く曲がりなりにもバドミントンを続けてこれたのは自分でも正直驚いています.上述の東大バドミントン部の同期の中でもまだバドミントンを続けているのは私だけだと思います.まあみんな偉くなって(そりゃあ東大卒ですから(^^;)仕事が忙しくてバドミントンなんかやってる暇はないでしょうから(半分くらいは官僚になった),未だにバドミントン続けられるのは偉くなってない私くらいのもん?ということでしょうか?(^^;(まあ私も仕事はめちゃめちゃ忙しいですが,比較的時間は自由になるというのはあります).なんでそんなことになったかはここに少し書いてありますが,やはり松井さんを見たことが大きかったですねー.つくばに来ても時々東京に行って練習に出るつもりだったので,ろくに挨拶もしないでこっちに来ちゃいましたけど,松井さんどうしてるかな?でも,つくばエキスプレスが来れば,ほんとに時々練習に行けると思いますが.

 選手時代てんで大したことなくても20年も続ければ同年代の中では相対的に上の方に来るものです.実際,30のときに今のまま40まで頑張れば全日本に出られると言われたのが何となく目標になっていたと思います.全日本...いい響きですよね(^^;.大学時代には雲の上のとても想像もつかないレベルでした.ですが,実際40になったとき全日本教職員というのに出て何回か勝ってベスト16まで行くことができました.しかし,それ以降は初戦負けが続いています.やはり年齢別とは言っても全日本ですから勝つのは大変です.

 私の目標は全日本教職員でベスト8に残ること(残るとバドミントンマガジンに名前が載ります(^^;),そして,教職員という制限のないいわば無制限の全日本シニアに出て勝つことです.全日本シニアは,いわば全日本総合のシニア版のようなもので,県予選を勝ち抜かないと出られません.そして,驚いたことに日本バドミントン協会のホームページを何となく見ていたら「世界シニア」というのがあるのに気がつきました.全日本に出られるだけで夢のような話ですが,世界大会というと「日本代表」です(^^;.全日本シニアでベスト8に入ると出場資格が与えられるようです.ですが,全日本シニアでベスト8はめちゃめちゃきびしいです(T_T).まあ遠い目標にしときます(^^;.

 まあそんな感じでバドミントンに関しては割と効力感を維持しながら続けて来られたと思います(ということはそれ以外は仕事も含めて厳しかったということですが,それはまた改めて書きたいと思います).そして,バドミントンを続けて来られた大きな理由の1つは皮肉にも「なかなかうまく行かなかった」ということです.まあ,夢は実現してはいけない,ということもありますし,見果てぬ夢こそ夢と言えるのかもしれません.自分は人並みよりはかなり運動ができると思いますが(多分),人並みはずれたというところまではちと自信がないです(^^;.

 バドミントンというのはかなり不思議なスポーツで運動神経(という医学用語はないらしいですが(^^;)抜群なら強いかというとそうでもありません.独特の向き不向きがあるように思います.そして,私はバドミントンに向いているかというとそうは思いません.自分では他のスポーツの方が向いていると正直思います(^^;.でもそれでもバドミントンを続けているのはいろいろ理由があるのですが,それはまた別の機会に書きたいと思います(ここに書きました(^^;).今,筑波大バドミントン部で練習しているのですが,そこの選手というか学生達を見ていても,運動神経抜群なのに準レギュラーに甘んじていたり,ランニングとか私より遅い(^^;のにバドミントンやらせるとセンス抜群でほんとにどうしようもなく強いのとかいてほんと不思議です.

 バドミントンに関しては割と効力感を維持しながら続けてこられた,と書きましたが,全くやめようと思わなかったかというとそうでもありません.1つはスポーツが体に悪いとわかったときでした.これに関しては,「スポーツは体に悪い」でも書いていますが,それを補ってあまりあるスポーツの奥深さに気がついたので続けています.そういう意味では,松井さんを見たことと同じくらい,あるいは,それ以上にバドミントンを続けていこうとの思いを強くしたのは,やはり筑波大におられた阿部先生の影響は大きかったです.

 阿部先生とは幸いというか残念というか退官される最後の1年だけごいっしょすることができて,いろんな話をさせていただきましたし,今でも練習に顔を出されたときいろいろお話をさせていただいています.練習の合間に時々学生を集めていろんな話,それこそ哲学的なことからバドミントンの科学的なことまで話をされるのですが,その全てが目から鱗が落ちるような思いでした.話はかなり難しく,学生達はもちろんノートを取りながら一生懸命きいているのですが,彼らのどの位が阿部先生の真意がわかっているのかと思うと,とても勿体ないような気すらしたものです.

 なおここで,筑波大バドミントン部の名誉のために少し補足をしておくと,筑波大バドミントン部の学生はとても優秀です.一般の学生はもちろんですが,大半を占める体専(体育専門学群)の学生もとてもしっかりしています.推薦で体専に入るのは全国大会で上位入賞が必要なので超難関ですが,一般入試で入る場合も,国立大学ですから当然センター試験を受けなければならず,しかもその合格ラインは非常に高く,難関です.科学的根拠に基づいて非常によく考えられた練習メニューの意義やポイントなどをちゃんと理解するのに優秀な頭脳は不可欠です.実際,いろいろ話をしてもとてもしっかりとした考えをもった学生が多いです.筑波大の体専はスポーツ科学の日本最高の頭脳集団で,日本のスポーツ界の将来を担っていると言っても過言ではありません.そのようなとても優秀な学生をもってしても理解が難しい(と思われる)ほど阿部先生のお話は奥行きがあるということです.

 阿部先生のお話をきいているとそのバドミントンに対する愛情とともに,スポーツは文化だ,ということを身を以て感じることができます.あのようなすばらしい人材を日本のバドミントンを強くするために充分活用できないのはとても残念で勿体ないと思います.私は練習時間がとても限られてしまうので,トレーニング方法をいろいろ工夫してやっていますが,阿部先生がおっしゃったことを考え,自分なりに解釈して(かなり奥深いのでそのままではなく「解釈」が必要ということです)やっているようなものです.

 阿部先生の「バドミントンを愛したがバドミントンから愛されることはなかった」という言葉も衝撃的でした.私は自分の仕事を「愛している」とまで言えるのだろうか?と自問してみましたが,とてもそこまでは言えないということに気がついて愕然としたものです.阿部先生とは,哲学的な話がいろいろできるので話していてもとても楽しかったです.阿部先生のことについてはいろいろ書いておきたいことがあるのですが,またの機会にして,ここでは話を元に戻します.

 バドミントンを年を取っても続けてることに疑問を感じたもう1つの理由はやはり肉体的な衰えです.スポーツはなんだかんだ言っても肉体的に若い方が強いに決まっています.ですが,私自身は大学時代と比べて肉体的に正直そんなに衰えているとは思いません.体重はほとんど変わらないですし,筑波大バドミントン部のトレーニングにも何とかついて行くことができます(でもこの間,久しぶりにいっしょにダッシュやって,レギュラーのメンツ(西浦,宮崎,朝田だったかな?)といっしょにノックに入ったらほんと久しぶりに足が痙攣しちゃいました(^^;).100mとか1500mのタイムも20年前とそんなに変わらないんじゃないかと思います(測ってないのでわからないが(^^;).

 ですが,筑波大バドミントン部の学生と打つとどうしようもないスピードの差は感じざるを得ません.レギュラークラスは言うまでもなく,準レギュラークラスもゲームとなると全く歯が立ちません.でもまあよく考えてみると,それは私が大学時代もそうだったでしょうから自分の中では衰えたということにはならないか?

 にもかかわらず,年を取って肉体的に衰え,と書いたのは,やはり全日本とはいえ「年齢別」という限定つきだから,ということだと思います.全日本シニアのチャンピオンと言っても,その年代の1番ということであって,例えば年齢無制限の全日本総合に比べればその差は歴然です.

 ですが,この点に関してもまあいいやと思えるようになりました.これも自分でそう思えるようになったのではなく,人に言われたからなのですが(^^;,まだ東大にいたころ研究室の学生で京大から大学院で地震研に来た中山君が高校時代の友人の吉野君というのが慶應から東大の大学院に来たんだけど,強い人がいなくて練習相手に困っているというので私に話が来ていっしょに練習することになりました.

 彼はほんとに強くてシングルの試合は大分やりましたけど1ゲーム取ることはできても勝つことは結局一度もできなかったと思います(そういう意味では松井さんと同じですね).でもこんな私でも何とか練習相手にはなったと思います(^^;.というか私にとって彼は最高の練習相手でした.彼は結局修士の2年間で卒業してしまって,いっしょに練習できたのは2年だけでしたが(博士に行くように大分引き留めたのですが(^^;),話していてもおもしろくいろんな意味で影響されました.その中の一番大きなことが次のようなやりとりです.

 私:「全日本出るって言ってもシニアだからねー」.吉野君:「そんなこと言ったらインハイだって高校生だけだし,インカレだってそうでしょ.しかもインハイなんかたった3学年ですよ.シニアなんか上下10年くらいいるんでしょ」.私:「.....」

 まあ当たり前っちゃあ当たり前なのですが(^^;,なんかとても胸のすくような思いがしたのを憶えています.そうなんですよね.スポーツに階級無制限などというのは実際にはほとんどないわけです.格闘技系なんか体重別にすごく細かく分かれていますし,もちろん1番強いのは無差別級の王者でしょうけど,軽量級の世界チャンピオン,金メダリストの価値が重量級より低いかというとそんなことはないわけです.もっと極端な話だと,男女の差というのもあります.もちろん男女無差別でやれば女性が1番になることは非常に難しいでしょうが,女性の1番は,男性の1番と全く同格と言えます.

 吉野君もその後もバドミントンを続けていていろんな大会に出てかなり活躍しているようです.全日本社会人とかでも名前を見たように思います.もう大分前ですけど,筑波大バドミントン部の練習に大学院生大会のつてでやってきて,ばったり会って,久しぶりに会えてうれしかったです.その後,1回来ましたが,その後は来てませんねー(私が会ってないだけ?).やはりつくばは遠いか.つくばエキスプレスが来れば大分来やすくなるとは思うが.その時,吉野君は準レギュラーの朝田君と試合をしてたと思いますが,かなりいい試合をしていたように思います.つーことは吉野君が強くなった?やっぱり私が弱くなった?

 まあ少なくとも年を取って肉体的に衰える?というのが理由でスポーツをやらないとしたら一言「勿体ない」ということだと思います.確かにスポーツは体には悪いですが(^^;,それを補って余りあるものがあると思います.練習やトレーニングを創意工夫してそれをすることによって強くなって,自分の思い描くようなプレーができるようになって,達成感が得られ,結果的に試合に勝てる,というおまけまでついてきます.年齢別のシニアの大会があるというのは,年を取ってもそういう機会を与えてもらっているわけでとても感謝すべきことだと思います.

 シニアというと「お年寄りの集まり?」というイメージがありますが(^^;,全日本ともなればそのレベルの高さは想像を絶します.初めて松井さんを見たときの衝撃は今でも忘れられませんし,私がバドミントンを続けている心の支えにすらなっています.バドミントンだとイメージが掴みにくい方は陸上のマスターの日本記録を見ていただけるとそのレベルの高さに驚かれると思います.40代, 50代男子100mは11秒台(40代は10秒台)ですし,10000m男子も40代,50代は30分を僅かに越えるくらいです.人間の肉体はトレーニングを続ければ驚くほど衰えないものなのです.

 ということで,私も体が動く間は限られた練習,トレーニング時間の中で創意工夫をして「強くなるために」バドミントンを続けていきたいと思っています.実際には,なかなかうまく行かないものですし,「続ける」のがやっとでそんなに練習時間をとれるわけでもありませんが,うまく行かないからこそじゃあどうしようかといろいろ考えたり,工夫したりするわけですし,やめられないということになるわけです.ということで,まだバドミントンをやっています(^^;.

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