☆はじめに

 近年、宇宙開発の一大プロジェクトである国際宇宙ステーション(International Space Station)の建設がすでに秒読み段階に入っており、今後さらに宇宙開発が進められることが予想される。現在、地球の衛星軌道上にはすでに多数の人工衛星が打ち上げられており、また使い古された人工衛星などの宇宙のゴミ、デブリも多数浮遊している。国際宇宙ステーションのような大規模な構造物になると、それらデブリが衝突する可能性は十分に考えられる。また、デブリの衝突には4km/secから10km/secという超高速の衝突になることが予想されているため、想像以上の破壊をもたらす危険性がある。そこで、デブリが衝突した際の宇宙構造物の崩壊挙動を事前にシミュレーションすることは必要不可欠であり、またそのような崩壊モードを簡便に解析できる手法が望まれる。
 本研究では、骨組構造解析において線形・非線形解析ともに高精度の収束解が得られ、部材の破断を容易に表現できる順応型 Shifted Integration法(ASI法)を、宇宙骨組構造のデブリ衝突解析に適用する。そしていくつかの解析例からASI法の有効性を論じるとともに、その崩壊挙動を検証する。また、部材破断が生じた際の部材間の接触を考慮するアルゴリズムを構築し、骨組構造のリアルな崩壊挙動解析を可能とする。最終的に、大規模骨組構造である国際宇宙ステーションのデブリ衝突解析を実施し、本手法により最小の計算コストでリアルな崩壊挙動をシミュレーション可能とすることを目的とする。

(www.NASA ホームページより)


☆ASI法アルゴリズム

 ASI法では、要素の数値積分点をシフトするという操作をおこなうことにより、有限要素の任意の位置に正確に塑性ヒンジを形成することが可能である。これにより最小限の要素数で高精度の解析を可能とする。 また、数値積分点をシフトし、要素の断面力を解放することにより、要素の破断を表現できる。
 本研究では、有限要素に1点積分点を持つ線形チモシェンコはり要素を使用する。Fig.1に有限要素と剛体−ばねモデル(RBSM)のそれぞれの積分点および塑性ヒンジ形成点の位置関係を示す。 剛体−ばねモデルとは、2本の剛体棒が回転・せん断ばねで結合された、塑性ヒンジを明確に表現できるモデルである。 有限要素と剛体−ばねモデルのそれぞれひずみエネルギー近似式の等価条件を考慮することにより、積分点位置とばねの位置の関係を表す、次のような関係式が得られる。

=−r または r=−s

この式に従って、要素が弾性状態にある場合には要素中央点が積分点の最適な位置であり、全塑性断面発生直後にその点に正確に塑性ヒンジが形成されるように積分点をシフトする。また、要素が除荷の状態にある場合には再び積分点を中央点にシフトしている。すなわち、常に最適な位置に積分点をシフトする操作をおこなっている。
 要素の剛性マトリックスは次式のように表され、上記の関係式に従って各成分が変化することにより、剛性マトリックスが変化する。

  [K]:増分剛性マトリックス
  [B0]:一般化ひずみ・節点変位マトリックスの線形成分
  [BL]:一般化ひずみ・節点変位マトリックスの非線形成分
  [D]:断面力・一般化ひずみマトリックス
  [KG]:初期応力マトリックス
  [G]:変位勾配マトリックス
  [S]:前ステップの応力マトリックス
   L :要素長

Fig.1 :Linear Timoshenko beam element and its physical equivalent

 また、要素破断の際には、関係式に従って要素中央点から積分点を破断面と対称の位置にシフトし、破断面に仮想ヒンジを発生させ、その後要素の断面力を解放することにより、要素の破断を表現する。 Fig.2に有限要素の積分点位置および剛体−ばねモデル上での破断面位置の関係を示す。

Fig.2 :ASI technique dealing with member fracture


☆空間骨組構造の動的崩壊解析

 まず、Fig.3に示すような空間骨組構造について弾塑性応答解析を実施した。本研究では陰解法、分布質量マトリックスを用いている。Fig.3に通常の有限要素法による結果、Fig.4にASI有限要素法による結果を示す。通常法では解の収束は遅く、一方ASI法では少ない要素数でも精度の良い解が得られ、明らかに解の収束性は良くなっていることが確認される。

Fig.3 :Elasto-plastic response under dynamic road by using conventional method

Fig.4 :Elasto-plastic response under dynamic road by using ASI technique

 次に同様の空間骨組構造について、部材破断を考慮した動的崩壊解析を実施した。弾塑性応答解析の結果から1部材2要素で解析をおこなった。Fig.5に解析結果を示す。衝突部付近の部材が破断し、飛散している様子が確認され、妥当な崩壊挙動が得られた。確認のため1部材4要素で解析をおこない比較したところ、ほぼ同様の結果を得ることができた。すなわち、ASI法により1部材2要素でも十分な精度の解析が可能であり、計算コストが抑えられることが確認される。よって、以降の解析では1部材2要素で解析をおこなう。

Fig.5 :Collision analysis of space frame (2 elements/member)

 (注)この解析例は、インターネットエクスプローラー3.0・ネットスケープ3.0以上でアニメーションします。


☆モジュールのデブリ衝突解析

 ここでは、Fig.6に示すような単体モジュールについて、部材破断を考慮したデブリ衝突解析を実施した。デブリ衝突については、質量1[kg]のデブリが高速度500[m/sec]、5[km/sec]で衝突した場合を想定している。また、拘束条件については、構造物右端部を完全拘束している。Fig.7に衝突速度500[m/sec]における解析結果、Fig.8に5[km/sec]における解析結果をそれぞれ示す。これより、衝突速度が大きくなるほど衝突部付近の変形および部材破断が著しいことが観察され、衝突条件に応じた崩壊挙動を表現できることが確認される。

Fig.6 :Analyzed space module

Fig.7 :Collision analysis with 500m/sec hypervelocity debris

Fig.8 :Collision analysis with 5km/sec hypervelocity debris

 しかし、部材が破断した際の部材間の接触を考慮していないため、部材のすり抜けなど現実とは異なる挙動が観察された。部材間の接触を考慮した場合、部材衝突などにより崩壊挙動が大きく変わってくることが予想される。 そこで、本研究では次に示すような部材間接触アルゴリズムを使用した。
 本アルゴリズムでは、各要素の節点間距離および節点の位置関係から接触を判定している。Fig.9に各節点関係を示す。2つの要素が接触する場合、両要素の各4節点が同一平面上に存在する、次のような条件を満たす。

骨組構造では、同一平面上に要素が多数存在する場合が考えられる。そこで、破断要素に対して同一平面上に存在する条件、

を満たす要素については、破断要素から特定の距離内に存在する条件、すなわち各節点間の距離が次のような条件を満たした場合に接触と判定する

その他の要素については、まず破断要素から特定の距離内に存在する、次のような条件を満たし、

両要素の各4節点が平面に近い形状を形成する、次のような条件

を満たした場合に接触と判定する。

 接触と判定された要素同士については、Fig.10に示すように計4つのギャップ要素で拘束する。一定時間ステップ経過後は、ギャップ要素の剛性をゼロにする操作をおこなっている。これにより、部材が接触衝突し、再び飛散するなどの挙動も表現できる。

Fig.9 :Relation of coordinates between fractured element and other elements

Fig.10 :Binding condition of gap element

 本アルゴリズムを導入し、前解析と同様のモジュールについて、部材破断および部材間接触を考慮したデブリ衝突解析を実施した。Fig.11に500[m/sec]における解析結果、Fig.12に5[km/sec]における解析結果をそれぞれ示す。
 部材間接触を考慮していない場合と比較すると、破断部材が他の部材に接触衝突している様子が観察され、それにより衝突エネルギーが分散されるかたちになるため、全体の変形は大きくなっているのが確認される。よって、部材間接触アルゴリズムは、本解析において有効であることが確認される。

Fig.11 Collision analysis with 500m/sec hypervelocity debris using contact algorithm

Fig.12 Collision analysis with 5km/sec hypervelocity debris using contact algorithm


☆国際宇宙ステーション(ISS)のデブリ衝突解析

 ここでは、ASI法および部材間接触アルゴリズムを用いて、ISSのデブリ衝突解析を実施した。ISSは国際協力の下で建設される、全長109[m]、全幅88[m]、におよぶ恒久的かつ多目的な大規模宇宙構造物である。Fig.13にISS解析モデルを示す。実際には、太陽電池パネルや人間が活動するモジュールなどは平面板構造であるが、本解析ではすべてはり要素に仮定している。解析モデルの総要素数は9764要素、総節点数は7205節点である。デブリ衝突については、質量10[kg]のデブリが高速度5[km/sec]で衝突した場合を想定している。境界条件はメインフレーム左端部を完全拘束している。

Fig.13 :Analyzed International Space Station model

 Fig.14にISS全体の崩壊過程、Fig.15に衝突部付近を拡大した崩壊過程を示す。衝突部付近が激しく破壊され、破断部材が太陽電池パネル部に衝突し破壊が生じている様子が観察される。これより、小さな質量のデブリが衝突した場合でも、そのダメージは相当なものであり、居住モジュールや実験モジュールなどに衝突した場合には致命的となることが予想される。
 なお、本解析に要した計算時間は小型汎用計算機で72時間程度であった。

Fig.14 :Collision analysis of ISS with 5km/sec hypervelocity debris

Fig.15 :Magnified figure of impact point


ホームに戻る

磯部研究室へ